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2007年6月 4日 (月)

利便性の功罪(5)

 ブログ大国ニッポンでは面白い現象があり、個人の日記的要素の強かったウェブログに大手の通販企業のアフェリエイト広告が蔓延している。 家電製品から書籍・音楽CD・映画DVD・化粧品・健康器具までありとあらゆるものが網羅されており、中にはそのサイトの目的がなんであるのかさえ判別がつかないものもある。 閲覧数の多いブログには企業側からのアプローチもあるという。

 当然その中には食品も存在し“お取り寄せグルメ”の人気もかなりのものらしい。 自宅にいながら全国の旨いもの巡り…なんて素晴しい国なのだろう。 おかげで今まで名前も聞いたことのなかった産品がネットを通じて入手でき、自分一人食通になったのかと錯覚せんばかりだ。

 そして(昔旅したあの地方のあの和菓子が忘れられず、もう一度食してみたい)と希望していた方などには、そんな夢をかなえてくれる救いの神だろう。 だがここで少しだけ考えてみよう、はたしてそれが我々に本当の豊かさを与えているものなのかを。

 ビニール・ハウスの促成栽培や品種の改良と地球の反対側からの輸入などによって、生鮮食料品は年間を通じていつでも手に入るようになった。 これでさえ旬を知る季節感の喪失と、本当の旨さの入り口を塞いでしまっているのに、なんと節操のないことを考えているのかと虚しくなるばかりだ。

 食べ物のおいしさとは、そのモノがもつイロカタチ・ニオイ・アジだけではなく、食する環境に大きく依存している。その土地の気温・湿度・空気から水の味・ph、周囲の自然環境まで密接なかかわりをもって構成されている訳で、同じものを別の土地に瞬間移動できたとしても同じ味は存在しないのだ。

 そのような状況下で食品の評価をしようなどもってのほか、生産者に失礼極まりない。 無知な珍しもの好きがたまたまカネを手に入れてしまったために、商人もそれ相手の商売に精を出し、勘違いの連鎖が筋違いの知識だけを増長させている。

 

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